高瀬舟続き

 そのぐらいリアリズムが感じられ、故にこの喜助の悲壮感、脱力感と環境が与えた現在の至福感にも不謹慎を交えつつそこまで含めて完成度が高く感じられる。


 高瀬舟の解説を見ると庄兵衛の不安は、財産の多寡と幸せの話で、後半は安楽死に関しての考察ということになる。
 安楽死に関しての提起ということになると、罪に問われるかどうかについては決定的な瞬間を見ていたばあさんの影響を考えずにはいられず、もしもこれが衆人承知の下で行われた行為だったとしたのなら罪にとわれなかったのだろうか、と疑問を呈してしまう。
 確かに、安楽死を行うというのはだれかに許可をとるなんていうこと自体が特殊なのかもしれない。
 ある瞬間に死にたがる者と死に追いやる者との承知が生じ、結果が生じる。その意味で密室で行われた安楽死行為にどのような罪が問われるのか、ということに対して、「お上」の判断を仰ぐしかないという感覚は仕方のない気もする。
 この喜助に関しては、お上の下した判断は喜助に幸福を呼ぶことになりそうなことから、それこそ神様の慈悲のような感覚さえ与える。


 今ならもっとストレートな安楽死へのテーマを求められるので、逆にいえば当時のタブー感がこのような暗喩的な小説へと動かしたのかもしれないのかなぁとも思う。


 いずれにしても、様々なテーマを感じさせるのは、その的確な表現があるからであり、やはり名作と言わしめる「高瀬舟」素晴らしいことだけは間違いないですね。