エロゲー&ギャルゲー

 実は最近、ホワイトアルバム2に死ぬほどどっぷりとつかった関係で、ギャルゲーとは何かという根本的な疑問にぶち当たり始めてしまった。(注:この記事を書き始めたのはホワイトアルバム2のアニメが放送時w)
 いや正確にはギャルゲーとエロゲーの違いとはと言うべきか。


 そんな中、プレイステーションプラスで一カ月加入してセンチメンタルグラフティと風の丘公園にてと言う二つのゲームに手を出した。
 センチメンタルグラフティ
 それはギャルゲーの代表的な扱うを受けるべきネームバリューがある作品だと思っていた。
 風の丘公園は、特に情報をなく手に入れたという感じだが……


 本当に本当にファンには申し訳ないが、この二つ最初の10分で投げ出しそうになった。
 センチメンタルグラフティも風の丘公園もだけど、まず主人公はセリフはあれど個性その他は秘匿された状態でまあ簡単にいえば軽い記憶喪失状態だと定義していいと思う(主人公本人はそんなことを思っていない)それでいきなり旅して会いに行くとか、いきなり愛の告白スタートでまさになんだなんだとどん引きを経験させられる感じ。突然感とかが半端ない。
 いやあ、発売当時ならこれ受け入れられたんだろうか…と、それで俺のエロゲーギャルゲー史を紐解き始めてしまったんだよね。


 ということでセンチメンタルグラフティや風の丘公園は現在プレイ中で(挫折しそうになったがさすがにそれじゃあ申し訳なかろうと思うしとにかくやって感想だろうと)、これに関しての感想は少なくとも一カ月以内には完成せざるを得ない(一カ月契約で来月もできる保証がない)状態であるからこの話は保留にして昔やったゲームの話を持ち込んでみようと思う。


 まず偏見に満ち満ちた自分は最初ギャルゲーを嫌っていた。
 だってエロゲーやればいいじゃん。なんでエロシーンないいわゆるギャルゲーをやらなあかんの的な。
 こういう偏見に満ち満ちた結論を出しつつ卒業とかDEBUT(デビュー)とかはきっちりやってたんだからダブルスタンダードもいいところだった当時ですが、そういう思想を持つにいたった理由は間違いなく同級生と同級生2をやったからに他ならないだろうと思う。


 まず同級生。あのエルフの名作。これに触れたからエルフの作品をその後やっていったのだが……実はあれをやってないんだよな……この世の果てで恋を唄う少女YU-NO
 だから自分のエロゲ関係の歴史は完全に片手落ちでエロゲと言ったらほぼelf製品だけに手を染めてこんな重要な作品もやってないので、語るに忍びないが、まあ何かの足しになるかもしれぬということで。
 

 同級生(elf)、夏休みの特定の期間を町や学校を徘徊し、出会う同級生をあるいは関係ができ始める女性と仲を深め、まあいわゆる完全なフラグゲーで様々な部分にたまったフラグを回収して、特に目的の子のためのフラグを如何に重点を絞るかというこういうゲームでもかなり初期のゲームながらかなり完成されたシステムだと今でも思っている。
 攻略としては、その日が始まったらとにかく色々なところに顔を出す調査する、で誰かが来るようならそれを覚えておいて、改めてその日を最初からやり直しフラグを回収する、学校なんかは特に重要ポイントをチェックするのが難しいためとにかく繰り返し繰り返しその日を何度も回って「もうフラグが出ない」(そこに主要登場人物、とくに攻略対象関連の人物がでない)ところまでを確認しつつ進めていく。
 地道な作業が、最後にはNANPA0ファイルをあるいはデータを保存するディスクをまるまるコピーすることで自由自在に好きなシーンを見ることができるライブラリを育てていくことになる。(ディスクコピーっぽいことをやった記憶があるのだが間違ってたらゴメソ)
 子どもの頃、マジンガーZなどのロボットものを見る理由が戦いを見ることだったというように、当時の自分も確実にエロシーンを見ることこそが巨大な動機だった。
 だが今は思う。様々な人間模様も決して侮れるものではなくて各キャラクタに対して思い入れがあった。エロだけではなかったのだと。
 ある時期から先、向かいの家の前はブラックホールのように2,3時間時間を吸収されるトラップとしての機能がまた後家の恐ろしさを体験させてくれた。
 親友の彼女辺りもやばくて印象が強いが、夏子とちはるも印象深い。
 他方ゲーム的には、かおりはともかくやよいはやっぱり最後の攻略になった……
 今じゃああの大変な作業をできる自信がない……攻略サイトを見ちゃうだろうな(当然だが当時パソコン通信辺りにすら手を出していなかった(多分常人は手を出せるレベルではなかった)ので完全に自力攻略であった)


 そして同級生2(elf)これも重量級だった。徘徊システムは前回と同様でいける。
 これも同級生と同様各キャラについて語り出したら、かなりいける作品であることは間違いないが、やはり桜子は衝撃的だった。
 ガチでマウスクリックのミスで発見したレベルなんだよね。発見後、それこそ何というかチンコを握りながら行け行けゴーゴーで攻略していったら……、ははは、一週間立ち直れなかった。
 一週間後続きをやったらナンダヨーだったんだけど、自分が求める目的(エロシーン)、攻略のための情報(シナリオ)、攻略(選択)の構造でたんたんと進めていたところに、見えないところから「衝撃」のパンチを食らって自分の様々な部分を考え直すいいきっかけになりました。
 まあ今さらネタバレもくそもないことにしてネタバレありありで綴りますが、ホントエロシーンのためだけに進めていた関係で悲劇に耐性ができていなかったのです。
 前日の病院外での密会からそれが原因じゃないかという死。全く疑っていなかった進展を、まさかそんなことはないだろとたかをくくっていたところへ痛烈なパンチは、まさか自分を一時的にゲームに触れることができなくさせるほどダメージを与えるとは考えていなかったのです。
 ……先に一番の衝撃シーンを語ってしまいましたが、他のキャラもほんとどれも好きですね。凄く後で知ったくるくる眼鏡の子とカリンの逸話は(元々同一人物だった的な)ものすごく納得できました。


 時期が前後してドラゴンナイト4やヴァリアブル・ジオ1・2にも手を出しているし、下級生(elf)にも手をだしている。
 下級生もまた重量級のゲームだった。美術系の子の壊れて行き方とすぐさせてくれる子の顛末がかなり好きだった。
 で臭作にも手を出した……コメントは控えさせてくださいw


 んー調べずに書いているので時期が前後しているが、多分これらの前にプリンセスメーカーをやっただろう。こいつはほぼ全部のエンディングを見た。引き続きプリンセスメーカー2はさすがにエンディングの網羅は無理だった。
 この二つは武者修行の部分が好きだった関係で、PS版の3は投げ出してしまった。
 あー思い出してくるなぁ。先に書いたとおり卒業、そしてDEBUTもこれ系統でやったが網羅まではいかなかったな…
 このあたりはパラメータゲーで懐かしい。


 こんな遍歴でありながらですが、ときメモ1を何とやったことがない。
 いやパソコン通信でniftyに高い「みかか代」を払っていろいろ会話に参加していたので、そりゃあもうときメモのほぼすべてのキャラがどうなのかすら分かっているレベルの知識を得ながら、今に至るまでときメモ1はやっていなのだ。
 これは先にも書いたが、目的がエロシーンを求める以上に当時は「不純に」感じたことが挙げられる。(適切な言葉は思いつかないが不純を使わせてもらう)
 エロゲはエロシーンを見るためのものである。
 じゃあときメモなどのギャルゲーは?


 いろいろと言い訳をとにかく並べさせてもらうが、まず音声に価値観を見いだしていなかった。
 上記同級生、同級生2はパソコン版でやっているので音声はないし、時期はずれるがスパロボ第4次まで声がなくても全く問題はなかったと思っているぐらいだ、音声を確実に軽視していた。現在俺自身声豚だと言われても文句は言わないレベルだというのにだ。


 次に「恋愛ゲーム」という単語というか、「ゲーム内で恋愛」とか言う概念に拒否反応が出た。
 ゲーム内で疑似恋愛をするとか、このゲームを褒める上で出てくる説明をみて、エロゲーにおけるエロシーンを求める明確さに対して、別にそういうシーンもないにもかかわらず何を求めるのか分からなかった、ということが強くあったと思う。


 この二つ目の点に関しては、いいことばが使えるようになったよね、既に死語一歩手前という感じであるが「萌え」。
 できた時期はときメモより前であろうというこの「萌え」という単語であるが、少なくとも自分はまったく知らなかったがゆえにこの概念に触れたのは2000年をまたぐかまたがないか……のちに語るがときメモ2のときに使っていたか覚えていないっていう……
 ただ、ここでは単に「萌え」ではなく、「萌え要素」に対する楽しみ、という概念である。これを説明するとまた上の俺g拒否反応が出ていた内容を掘り起こすことになりそうだが、このより高次のという意味でメタな用語がオブラートに包んで今では余裕で受け入れる内容に思っているのは言葉って偉大だなと思うことしきりである。


 というわけで卑下したつもりはないが、見下した形で手を出さなかった結果、現在に至るまで触る機会がなかったのである。(古いシステムであろうとか、もうそろそろ自分には辛いかもという懸念が近年は大きい)


 ただ、食わず嫌いはだめなのでときメモ2はきっちりやらせていただいた。
 音声合成関係での騒動が懐かしいが、とにかく八重が頭に残っている。面白いキャラ造形、「エロシーンなどはなくても」各イベントのシーンを集めつつエンディングをクリアしていく感じ。
 同級生2でハンマーで殴られたのがあったのかもしれないが、人と人との関係性という部分で楽しめるようになっていた意味では人間的にも成長していたのだろうと思う。
 音声の重要さは多分深層心理に植えつけられたと思うし。


 以上が自分にとってのギャルゲーエロゲーの前半生である。
 ウィンドウズになってからは友人から譲り受けたelf麻雀なんかは楽しませていただいたが、そこまでが前半生という感じだ。
 余禄ながらDOS時代マウスをほとんど使っていなかったのも変なこだわりがあったのを記憶している。三国志3はキーボードの方が楽だったからのう…


 ともかくその後その手のゲームはほとんど手を出さなくなった(この時期アニメも実はほとんど見ていない)。
 ファミコンからスーパーファミコン、N64のあたりまでは網羅するようにゲームの知識をあさっていたが、そうすることもなくなって行った。
 それは本当の意味で大人になって行ったと言ってよいのだろうか。単に興味が続かなくなっていただけではなかろうか。。。。。。


 後半?というか続きをいつ書こうか。
 そもそも、ギャルゲーとエロゲーの本当に書きたかった話ほとんど書いてねーのに…